読書マラソン2006 - 春

西辻

中国の書籍は、中日翻訳したタイトルを併記しています。原題は付記を参照ください。

鄧小平理論・「三つの代表」論概論

大学の授業向けのテキスト。鄧小平理論と「3つの代表」理論の本質がうまく分類され、説明されている。ただ、原因・理由を説明する際に列挙されるもの(「○○なものとして×点挙げられる」の×点)に説得力がいまいちない。

それなりに納得できるものが過半を占めるにせよ、こじつけに近いもの、同じ事を言いかえているように見えるもの、理論がループするものが多く、とても無視できない。

むー。ただ、丁寧に説明しようとする著者の姿勢は買います。

 

中国マルクス主義

これは・・・タイトルに「三個代表」とあるのに、序盤以降の200P以上はこの言葉がまったく出てこない!!出版にいたる事情というものをあれこれと考えざるをえなくなる一品。実態は「江沢民時代の各種分野における政府政策」といったところか。

タイトルに惑わされなければ中身はそこそこ。入門書としてもそれなりの要求には応えるでしょ。ただ、タイトルがねー。

 

毛沢東思想概論

うまくまとまっている。まとまってるけど・・・それだけ。概論なら本は山ほどある。教科書だってある。

よって、高い評価はできない。

 

毛沢東思想概論

上記と違い、こちらはお墨付きの「教科書」。薄いながらも漏れはなし。そして読みやすい。丁寧にも院試対策の想定問題までついている。

いわゆる毛沢東思想(=中国の現状とマルクス主義の科学性から生まれた「中国化したマルクス主義」。毛個人の思想ではない)を知りたいならこれで必要かつ十分でしょう。

 

作戦方式の革命的変革

おもしろい!情報化時代の戦争がどういうものになるのかを「作戦」という観点から紹介しているのだが、解放軍の軍人が書いたとは(良い意味で)とても思えなかった。 というのも、記述が一貫して客観的かつ軽やかで、軍事というイメージが持つ重ぐるしさは感じなかったから。共著のようだが、章ごとに何がしかの断絶を感じることもなかった(或いは中国語への感性がまだ鈍いからだけかもしれないが)。

私が感心したのは、作戦の失敗は旧い認知への固執から来るものであり、それを防ぐには新技術・新思考への絶え間ない関心とそれらの発展意欲が必要であるという一貫した主張である。ここにはもはや「人海戦術」の思想はなく、まさに実事求是の態度である。そして、電子戦争は言うに及ばず、非殺傷、低強度といったポストモダン戦争についても細かく紹介されていて、軍事、戦略の情報に疎かった私には非常に新鮮であった。

装甲を破るためのプラズマ弾が紹介された横に、「滑走路や高速に粘着剤をまく」という作戦が何気なくかつ真面目に提示されているという事実をまえにしたとき、軍事となると見構えてしまう日本人の性を否定的に評価せずにはいられない私がそこにはいた。うーむ、戦略、作戦、そしてその延長にある戦争というものをもっと柔らかく見なければいかんな。しかめっ面しい軍事も突き詰めれば、ギャグと紙一重の所作なのかも知れぬ。しかしそうだとして、結局最後には、この軽やかでポップなミリタリー感覚が実は残酷な天使だということを知り、それを克服せねばならぬ・・・のでしょう。なら、誘われるままにこのテーゼにノッてみようか。でも私の場合、残念ですがやるからには真剣にやります。そこのところは誤解なきよう。

・・・さて話を戻すと、残念な点は、アメリカの作戦研究にべったりなのと、その一方2004年度刊の本なのに9.11テロ以後のアメリカの軍事に関する言及がないこと。これは、米軍との力量の差にまだ劣等感がある他方、今後米軍をどう評価するかで現在解放軍の認識が揺れていることを示しているのかもしれない。

 

The Fourth Power: A Grand Strategy for the United States in the Twenty-First Century

9.11後のブッシュ政権の各種政策(特に軍事関係)を視野の狭い戦略にのっとったものであるとして批判し、「壮大な戦略(grand strategy」が必要であると説くのが本 書。

では著者のいう「壮大」とは何かといえば、政経・教育・福祉・安保などを含めた総合的なもの・・・・・って、「戦略」の拡大解釈もはだはだしい。横軸をだだっと 広げてこれがgrandだといわれても「ああそうですね」としか言いようがない。戦略という以上、多少のホラでもいいから、針穴ぐらいの突破口でもいいから、眼前の現 実のその向こう側を読者に覗かせて見せてほしい。

ちなみにタイトルにある第四の力というのは、高坂正尭流に言えば「規律の体系」です。アメリカはこれをもってして、全世界の為の利益(平和等)実現のリーダーシップを取る存在であるとのこと。

 

哲学観点2004

2004年中に各雑誌・新聞・機関紙などに載った哲学関係の文章を集めたもの。取り立てて専門的な稿はなく、また全てにわたってかなりの要約化がなされているため、当 り障りの文章の羅列になってしまっている。刺激が足りなかった。

最近、中国で西洋哲学のどういった点が中国で受容され・また批判されているかが何となくわかってきた。

 

Traditions of Intolerance: Historical Perspectives on Fascism and Race Discourse in Britain

批判的読書ではなく、知識を入れるための読書の対象だったので評価はなし(以下、「評価不能」の意味は同様)。

本書は19世紀以降現在まで、イギリスにおけるユダヤ人の差別観を扱った論文集である。なかなか調味深かった。ユダヤ人差別の背景は想像以上に深い。ユダヤ人の能力への憧れと嫉妬、大英帝国の栄光と斜陽、「約束の地」思想がなまじあるがゆえにどうしても拭い去れない、彼らのイギリス帰属・土着意識への猜疑心・・などなど。

これらが複雑に絡みあい非寛容精神が存在し・そして今もなお残っていると著書は主張する。日本人と中国人の関係も陰陽愛執混交で複雑だが、こうしてユダヤ人の苦難を知ると、実は日中両国間問題の解決可能性は想像以上に高いのでは、と思われてくる。

まだまだ150年弱のいさかいでしかない、と、多少の不謹慎も抱え込んだ楽観性を私はもちたい。

 

The English Police: A Political and Social History

イギリスの警察史。記述的著作なので素直に読むしかない。

市内の治安を守る警察(おまわりさん)の法制化は実は19世紀になってからということを知り、意外に歴史は浅いのだなぁと素直に驚いた。

 

道徳内化論

タイトルの「内化」とは、道徳が各個人の価値判断や行為に定着することをさす。一言で言えば「会得」が近いか。読み始めの時はは倫理学の書かと思っていたが、読み進めるうちに認識論に近いような部分が現れ、最後には教育学的観点もちらほら。

いろいろな議論が詰まってお得ではあるが、一体著者の着眼点と目標が何なのかがよくわからなかった。章ごとの著述はどれも高水準なだけに、この著書全体のキメラっぷりが残念でならない。

 

Greenwood Encyclopedia of Women's Issues Worldwide

今回読んだのは日・中・韓の部分のみ。しかし得る部分は多かった。とりわけ中国人は女性の自殺が非常に多いというのには驚いた。中国の女性の苦労は、こちらに来てから何となく肌に感じている。メディアには当然表立って出てこないし、個人レベルでの豪快なカミングアウトにもまだ私は相まみえた事はない。しかし、薄望の気がそこ はかとなく彼女に漂っているような感覚を私は受けてしまう。

ところで、性教育の欄でwithdrawalと言う単語に出会ったとき、私はこの語の語感にどうしても嫌悪感を感じずに入られなかった。もしもこの語義が専門語としての市民 権を有しているのであれば、やはり英語とてchairman/chairperson のレベルにとどまらないもっと深刻な一種の性的バイアスを、今だにその身に刻みこんでいるのであ ろう。

 

Sustainability in Agricultural and Rural Development

ここでいうsustainmentは、土地の「生産力」「肥沃さ」という意味である。検証内容はそれ程厳密でないので、ジャンルとしては啓蒙書というべきか。そして私は十分 に啓蒙されてしまった。本書を通じて私が懸念を抱いたのは「消極的農民」の存在である。この消極性というのは「農業以外に生きる為の選択肢はないと考えている」と いうことにする。本書の見解に従うと、こういう意識を持つ人ほど往々にして土地の寿命を細らせる農業をしてしまい、結果収入が減少してしまうという。~もしもこうした消極性と農民の実際の生活水準とに正の相関があるとしたら、零細農民は貧困へのスパイラルをたどるしかない。そして私が思うに、この負の連鎖が機能してしまう環境・地域には、21世紀のグローバル社会は何の恩恵ももたらさない。

つまり私から見るとこの負の連鎖は、一度陥ると二度と抜け出せない閉鎖系なのである。これは、ネグリ・ハートの言う<帝国>思想をもってしても解決できない。後日書評を書くが、彼らはこうした農民のマルチチュード化が如何に困難かを知っている。がしかし、或いはそれゆえに、彼らはその肝心の解放理論作りを放棄している。この問題はおそらく、アフリカにおいてもっとも(そして既に)深刻なのであろう。そして現状では、あくまで想像だが、「無視が一番」という了解があるのではなかろうか。他方この懸念がアジア地域において適用されるとすれば、それは北朝鮮である。現在の政権が続こうとどの時点で崩壊しようと、この問題はあと50年ひきづるであろう。

この問題をどう解決するか。もしも世界規模で深刻な食糧危機が起きれば、こうした消極的農民の再起はあるいは可能かもしれない。しかしこのような末法の世が「不幸にも」来ないならば・・・その地域に開明的カリスマ君主が出ない限り21世紀内の解決は不可能であると私は考えざるをえない。悲しいが、これが結論である。

 

哲学の力量-社会転換期の中国哲学-

良書と言い切るには少し足りないが、読む価値は十分に有り。なぜ中国に共産民主主義が定着(・・といっていいのか??)し、孫文らによる自由民主主義が失敗したのか、なぜ中国で英米の実践主義・論理学が、数ある近代西洋思想の中で極端に優遇されるのか、そしてニーチェ・フロイト・サルトル、ポストモダン思想のどこがだめなのか、 こうした問題に簡明に解答を提供してくれている。

無論検閲を意識した部分がポツポツと見受けられるが、その切れ目は読んでいてわかるので個人的には問題視する気はない。逆に行間ではなく、そうした字面にあえてのって読んでみるのもまた一興。共産党の思惑が見えてくる。結果、表と裏、二つとも読むに耐える価値があるといえよう。

 

湖南人の精神

湖南人の気質についてつらつらと述べた本。強情で、忍耐強くて、人とつるむのが嫌いで、辛い料理が大好きで、争いに進んで身を投じるのが湖南人らしいです。なるほど。書いてる内容はそこそこ面白いが、文章がやたらと難しく、読んでてイライラ・・・。初めて三島由紀夫を読んだときの苦い記憶がよみがえりました。

ともかく、漢字を使いこなすとこういうことも可能なのかと、現代中国語の可能性の一端を見せてくれる文章ではありました。これが名文なのかどうなのかはまだわかりませんが。 ちなみに毛沢東も朱鎔基も湖南人です。

 

中華文化における世界精神

中国文化が世界のなかでどのように息づいているかということを縦横無尽に論じた本。多分、この著者は相当に博識かつ頭の切れる人物なのであろう。敬意に値する天声人語を5年以上提供できる、そんな逸材に違いない。

さてさて、私が一番関心を持ったのは、「中国人は英語圏の人より文章理解度が1.6倍である」という記述。文脈としては、表意文字である漢字の方が、英語のような表音文字の言語よりも意図伝達に優れるということであった。この点、全く同意である。現在私は、如何にしてアルファベットから意図を素早く読み取るか、その方法を開発すべく目下格闘中であります。

 

英語字根字典

英語の語源の辞書。しらみつぶしに読んで一応読破。

語頭・語中・語尾をもれなく網羅しており、収録語数、目次、索引も理想的な出来栄え。これが日本円にして300円ちょっとで買えるという幸せはなんともいえないものがある(現地価値ではもちろん高価な部類に入るが)。中国語未習の日本人も十分学習のお供に使えます。漢字の力は伊達では有りません。新聞・論文・雑誌の英語を勉強する人なら必携。この本に限らず、旅行の際に語源関係の辞書を見かけたら迷わず買うべし。

 

America's Oil Wars

第二次大戦後のイギリス・中東関係から筆を起こし、最近の米国中東政策までの政治と石油の関係を記した書。ジャーナリストによる著作であるが暴露本とは一線を画し ており、丁寧な取材がなされている。

ただ残念ながら、全体に帯に短し・・な作品。著述したいターゲットは定まっているがスケールが小粒で、読者の知性を射抜く喝破も無い。他方、知識を得る為の本と見なすならば結構いい本だと思う。ただ、全般に「陰謀論」的傾向があるのでそこは注意して読むことが必要。

 

ポストモダンと歴史学-中国・西洋の比較-

ポストモダン思想と歴史学との関係を述べた本。歴史学と現代思想の少なくともいづれかに興味があるなら読む価値あり。

個人的には、ポストモダンの部分はさらっと読み、歴史学の分析方法や観点、これまでの学派に関する記述に注目して読んだ。計量歴史学という分野がある事を知りびっくり。歴史学も政治学に同じく、手法を巡ってこれまで様々な葛藤がある事を知りました。

 

US Hegemony and International Organizations

本書は紙数と執筆者数の関係上どれも試論・素描である。どの稿も興味のわく著述であり読みやすい。取っ掛かりとしては十分に読書に耐える。以下は感想。

本書では、前編通じて「アメリカの国益」と言う前提がものすごく重視されている。共著であるが、どの著者も筆を進めるにつれ、しばしばこの「国益」と言う出発点に立ち返り、自らの分析を構成していく。読者はいやがうえにも国益の存在を喚起されるしかない。

ここで私が疑問をもつのが、ではその米国の国益が結局どこに還元されるのかが全く見えてこないということ。国際政治学の分析枠組みで議論している以上、国益のその向こうまで要求するのはお門違いかもしれない。しかし、米国の覇権下に生きる米国民は福祉の恵みに薄く、笑顔の裏には油断ならない綱渡り生活があったりするわけで、そんな国益って一体・・・と考えたくなる。国益は畢竟何を潤すのか、この観点を国際政治学に折り込むことはできないだろうか。

 

毛沢東の歴史観

毛沢東の歴史観を述べた書。

面白いなと思ったのは実は毛の歴史思想ではなく、「社会学者・毛沢東」と言う一面である。日本ではあまり注目されないが、実は毛沢東には社会調査家としての経歴もあり、若いころは中国を遍歴し様々な実地調査を行っている(それをしたいがために海外留学を取りやめたと言う記述もあった)。

ともかく、毛沢東の中国解放への情熱と言うのはすさまじいものがある。さすがは10億の人民を動かした人物だけのことはあるなと素直に感心した。

 

Harry Potter and the Chamber of Secrets (Book 2)

話の種に、と言う動機で時間の合間にちょこちょこと読んできたのだが、ついに今日を以って途中放棄。どうにもこうにも読んでてワクワク感が出てこなかった。一巻目の賢者の石の方はもう少し面白かったのだけどなぁ(とはいえこれも途中で止まっているのだが)。

今の私はきっとファンタジーを求めていないのでしょう。

 

Chaos Theory in the Social Sciences : Foundations and Applications

カオス理論の応用とその成果を述べた書。導入の内容(Part1-1)が非常に秀逸で、カオス理論の魅力と含意がすぐに飲み込める。この部分を読むだけでも得る部分が多い。

その他の部分は、著者の書き方にもよるが数Ⅲ・B・Cの知識を持っていることが理解の前提となっている(あってもまだ苦しいが)。政治学での応用はある程度前提知識があったので何とか食らいつけたものの、経済の部分は見事に返り討ちに。数学と経済学の知識が追いつかず、取り付く瀬もなし。見た目が非常に面白そうなだけに、

一太刀たりとも切り込めない現状が歯がゆいばかりである。

 

学生恋愛報告

中国の学生(特に大学生)の性意識を扱った書。「報告文学」というジャンルの棚にあったのだが、この分野が一体どういうものなのかが気になるところ(調査中)。

内容はかなり赤裸々であり、中国にも性の解放・氾濫の波が押し寄せているのがよくわかる。大学4年生の女性(未婚)で性交経験者は25%と言う記述があるのだが、皆さんはこれをどう解釈するか(ただ、調査者の名前は匿名となっている)。

問題は二点。一つ目は「学生の性意識」としておきながら、何気にターゲットは「女子学生」に限られていること。男が不問とされ、女を「まなざす」立場でしか認知されていないという点が、この性の問題に一役買っているということに気づいていない。良かれと思って問題提起したつもりが、更に女性の心を苦しませるという悲しい構図。

あと一点は構成の悪さ。実例紹介、著者の主張、学生からのアンケートがごっちゃごちゃで読むと混乱する。しかもこれらの切れ目が目次では識別不能なのでなおさらたちが悪い。

 

21世紀の資源・環境問題と農林漁業

多少版が旧いが、日本の農業の何が問題となっているのか、着想を得るのには良い本 です。ただ、政経が絡んだ部分の記述と分析は全く参考にならない。農業から政経を 見ると結局、「資本主義憎し」「マルクス万歳」になっちゃうのかねぇ・・・。

 

中国古代文明十講

中国古代文明に関する散文集。さすがに悠久の歴史と豊富な資料があるだけあって、「青銅器」「甲骨文字」といったお題だけでも話は尽きない。こういう遺産があると言うのが、中国のちょっとうらやましい所である。

ただ、話が社会・思想といった他分野に膨らむことがなかったので、読んでてやや退屈だった。

 

Love Online - Emotions on the Internet

ネットを介した異性間交流(少なくとも電脳上の自己申告では)の実情・特徴・影響を述べた書。現状報告が主であるが、ピンクでちょっぴりダークな心持ちでネットに一晩かじりついた経験のある人であれば、この記述内容はさして奇異なものではない。

他方、カテゴライズや分析もまだまだ学術と言えるレベルに達していない。というわけなので、ネットには疎いがそこにどんな世界があるのか知りたいと言う人でない限り、この本を読む必要はないだろう。

 

四海一家 -辺境の統治・管理と民族関係-

残念ながらこれは駄本といわざるを得ない。制度を説明するには緻密さと全体構造の説明が足らず、政治を語るには人間が見えず、民族を語るには万事一切の情報を欠く。まるで図も絵も写真も年表もない歴史教科書のようで、読むに耐えない。

既にこの分野において十分な知識のある専門家でない限り、この本からは何も得るものがないだろう。

 

無師自通韓国語

韓国語の独習者のためにかかれた本。なかなかいい本。

ただ内容はかなり濃いのでハングル初心者には使いづらい。フォントが小さいのもとっつきにくさを助長している。復習にはいいがこれだけで「独習」するには根気が要るだろう。

日本人の私としては、この本で韓国語の中国語の発音の相関関係がわかったのが一番の収穫。

 

児童必携 中国の寓話

中国のさまざまな寓話を収めた児童向けの書・・らしいが、あなどるなかれ、本文ががなかなか難しい。

それに物語の中には含意が一読しただけでは掴みづらい(回りくどい)ものもあり、このあたりはいかにも中国といったところ。ピンインつけるぐらいならもっと丁寧な作品解説をつけてください。

 

パペポポ メモリーズ

韓国人のクラスメートから薦められた本。漫画とエッセイを融合させたような作品。日常的なひとコマをモチーフとして、幸せ・愛・優しさといったテーマを描写している。円やかタッチの画風と提出されるテーマとが見事に調和していて、読者をほっこりさせてくれる。

韓国ではかなりの人気作らしく、それを表すように初版は2002年10月であるが、手元にある本書は2003年7月第25刷(!)である。既に中国語約版も出ていることから、もしかしたら日本語版もそのうち出るかもしれない。

なおタイトルのパペポポという語には特に意味はありません(日本にも「ぼのぼの」がありますよね)。

 

五時三十分、交差点

2004年度に台湾のネット上で人気となった恋愛小説を集めて出版したもの。プロの手によるものではないため、やっぱり全般に表現力が今ひとつ。語学の勉強にはなるが、読んで感動したり、うーんとうなることもない。

これで20元は高い。

 

文学概論

パンキョー向けと思われる本。ただ、中身は無いも同然。読む価値は無い。

ただ、こんなところにも毛沢東やらマルクスやら階級やらが出てくるとは意外だったので星一つボーナス。こういうしょうもない本さえも各大学の出版会が山のように出から、大学の学費が上がったりまっとうな学者がまっとうに研究させてくれなかったりするのである。

共産党の巧みな搾取方法だったりして。

 

日本文学翻訳論文集

日本文学の翻訳に携わる人々による論文集。いろいろと興味深い事実を知れて面白かった。

 

Postcolonialism: An Historical Introduction

植民地主義研究の大家による大書。理論紹介とアフリカ・インドの独立運動が主題である。この分野を勉強する人なら必読だろう。

ただ個人的には、そろそろ理論だけでは満足も納得もいかなくなってきた。WWⅡから1970年代までの植民地独立は政治的なものであるから、経済的・精神的な独立は別物である。私としてはこのうちの経済的な側面が最近気になって仕方がなくなってきた。

 

ゲーム理論

とりあえず「読了した」といえるようになったが、ここまでに6ヶ月もかかってしまった。

とにかく独習するには大変な本であるが、理論的にゲーム理論を勉強するにはこの本しかないのが現状。ただ、はしがきにある「中級レベルの教科書」としてみれば間違いなく良書である。

本書の最大の難関は2・3章である。これがわかれば残りの章(最終章はのぞく)はさほど難しくない。

なのでこのページ数にして85ページを理解できるか否かに全てがかかっているわけだが、これが非常に苦しい。高校で数学Ⅱ・Bをやっていれば門前払いされることはないが、文系学生が数学記号・専門用語を理解するには相当の時間と覚悟を費やす必要があるのは否定できない。高校数学までの暗黙の了解が実は理解の足を引っ張ることもあるため、定義と数式の理解で手を抜くと、進めば進むほどわけがわからなくなる。

しかしながら、独習する場合はあえてわからないながらも2・3章と4-11章を行き来し、少しずつ式の意味を自分の頭の中に確定させていくのがいいだろう。しらみつぶしに理解しようとすると間違いなく挫折する。

 

Multitude

一ヶ月前に読了していたが、今回書評を書くにあたりもう一度読み返した。理解は深まったが、本書の評価は変わらなかった。以下、本書において最も重要な章である「第二章・マルチチュード」の記述を中心に書評を書く。

まず注意すべきは、この本のメインテーマは「統治」ではなく「社会状況」である。

前文において筆者はホッブズの2作品と『帝国』『マルチチュード』を対応させている。統治の観点からの分析(ホッブズのリバイアサンに該するもの)は前書が担当しているため、本書の内容は政治学というよりも社会学の範疇に入る。

ネグリ・ハートによると、マルチチュードの主な主体となりえるのはimmateriallabor(非物質的労働者)である。これは簡単に言ってしまえば知識・情報の生産に関わる第三次産業従事者のことである。かれらは<帝国>秩序下にあって情報・知的財産・技術・言語などによって構成される、常に反<帝国>的な素地を持つネットワークを形成・共有する。

他方、material labor(物質的労働者)たる農林漁業者や鉱工業者たちもまた、マルチチュードの主体たりえるとする。たとえばアマゾンに住む人々はその土地に関する知識及びそこで生きてゆくための技術や経験を持っている。これらはcapital(資本)には簡単に換算できない価値であるが、それゆえにこうした存在が情報ネットワーク上に共有されることにより、それは生権力(biopower)として立派に機能する。つまりこれは、従来の価値観は捉えきれないさまざまな要素を権力の一構成要素とみなすことを要求しているのである。旧来の土俵で相撲をするのではなく、まったく新しい土俵を作るということだ。こう考えることにより、貧民や難民たちも何がしかの資産を持っているとみなすことができる。

他方、このネットワークが生み出す生権力とのアクセスをえることで、マルクス思想における革命主体とされた工場労働者のみならず、マルクス・毛沢東らから「受動的」「保守的」などと消極的に評価されてきた小作農民(peasant)にもマルチチュードの主体として、既存の束縛から逃れる可能性が生まれてきたと主張する。

具体的には、農民が作物遺伝子情報や品種改良の情報を用いることで生産拡大を達成したり、温室・土壌無使用といった栽培技術を用いることで四季の流れや土地柄に従わずして自由に収穫を得ることができるといった具合に。

以上のようにマルチチュードをみなすことにより、従来搾取される側にあったものがそこから解放される余地と方針を示すことができるのである。

ではこの本は21世紀の共産党宣言、新しい解放の書なのかと問われれば、決してそうではない。最大の問題はなんと言っても、この生権力にアクセスできないほどの経済 的貧困或いは政治的束縛かにある人間はマルチチュードたりえないということである。結局改革の利益はボリシェヴィキ止まりになりはしないのだろうか。一定のボーダーを下回る貧困をどう救い上げるべきなのか。この方策は前書『帝国』にも書いていない。今の情況では国家か国連しかないのだが、果たして<帝国>化の進む世界においてどこまで有効に機能するのか。biopowerがあるのならばbiopoorもあってしかるべきである。

その他の問題は、第一次産業の反逆がありえはしないか、という問題である。マルクスは工場労働者に次世代の主導権を見出し、ネグリ・ハートは非物質的労働者にそれ を認めた。しかしネグリ・ハートも認めるように物質的労働者(≒一次産業+二次産業+三次産業の一部)が人口構成の上では多数である。

他方近年では、石油・天然ガスをめぐる争いが盛んになってきており、将来的にはこの争いは資源・食料全般へと拡大するだろう。そのとき。一次産業従事者と二次産業従事者、とりわけ前者が量のみならず質的にもその他を圧倒する可能性は少なくない。これは私自身の問題意識が投影されているため少々脱線気味の批評であるが、本書を読んで更にこの問題の深刻さに直面したので述べておきたい。

最後になるが、本書の言う非物質的労働者が覇権を握りつつあるとする指摘は、社会学者などが実証すべき課題であろうが、直感的にいってピントのずれた議論ではない。本書は前書に比べて記述の具体性が増したが、それゆえ彼らの主張する<帝国>秩序という概念の価値自体が下がったとは思えない。逆に、抽象概念から具体事例に提 唱者自身が踏み込んだ勇気を評価すべきだ。

後は、「実証」「真の貧困の解明」および「経済学から見た<帝国>秩序の分析」が問題であろう。

P.S.日本で翻訳版が出たのは嬉しいことだ。ただ、まさかNHKブックスから出るとは思っても見なかった。

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